松田優作の息子・龍平?翔太?au?


さて今回は俳優の松田優作さんを取り上げます。
松田優作と言えば、私には昔懐かし格好いい俳優という思い出に残る俳優さんです。

有名なところでは「太陽にほえろ」殉職シーンの「なんじやこりやあ~」つていう言葉は名言です。

その時主役をやっていたのが昭和の大スター石原裕次郎さんです。

すごい番組もあった物です。
超特大級の大スターが何人も出演して一つのドラマを作る今ではもはや無理でしょうね。

それに「探偵物語」こちらはかなりコミカルなイメージがありましたが毎回楽しみにしていました。
成田三樹夫扮するちょい悪の悪徳警官でいつも優作さんが扮する探偵の「工藤ちゃん・工藤ちゃん」と呼んでいたのを思い出します。

活躍は日本だけには留まらずハリウッド映画のブラックレインに出演し話題になりました。
そして最後の伝説として「ブラックレイン」に出演です。

千葉真一さんの所でもふれましたが日本人がハリウッド映画に出演するのは並大抵の事ではありませんから。
しかも主役がマイケル・ダグラスでその犯人役として出演しました。
だからこの映画マイケル・ダグラスと松田優作が火花を飛ばす映画となた分けです。
そんな映画ですから脇役として出演したのが、つい最近お亡くなりになったあの高倉健さんです。
そうです日本の男を象徴する大スターみんなの健さんです。
それが脇を固めてもらっての出演です。
俳優、松田優作さんは、恐らくもう死んでもイイと思うぐらいの思いだったと思います。

実際その当時後から知りましたが、松田優作さんは膀胱ガンに冒されていました。
膀胱ガンは比較的症状が出やすいので初期治療が出来やすく完治もしやすいガンです。

しかし松田さんはこの映画の撮影があったのでどうしても手術を受ける事を拒み抗ガン剤の投薬治療をされました。

結果手遅れになりお亡くなりになり40歳という若さでお亡くなりになりました。
本人は役者の本懐を遂げられてある意味悔いはないかもしれません。

されどファンや家族はさぞかし無念であったと思います。
かく言う私も無念です。
もう少し生きて欲しかったと思います。
あの当時の松田さんは今でたとえるならsump解散ぐらいのインパクトがあるのかもしれませんが私から言わせてもらうのならおこがましいにもほどがあると言った気持ちです。
松田さんの方が遙かに大きな人だったと思います。
まあ本人はこの作品に自分の命をかけて作品に対峙されました。
出来はすばらしい物になった事は言うまでもありません。
少し熱く語ってしまいましたが私の世代の人にとってはそれぐらい影響力のある人です。
で、今回は松田優作さんのご家族奥さんと子供さんにスポットを当てたいと思います。
まずはプロフィールから。

松田優作さんのプロフィール

本名:金優作(1949年-1973年)
   松田優作(1973年一)
生年月日:1949年9月21日
出生地:山口県下関市
身長:183cm
血液型:A型
職業:俳優、歌手
活動期間:1972年-1989年

今回松田さんの事を調べていて初めて松田さんが韓国のハーフと言う事を知りました。

日本人の父と在日韓国人3世の母との間に非嫡出子として生まれた。ハーフ。
松田さんは自分の国籍についてすごく悩んでいたようです。

僕は今年の7月から日本テレビの『太陽にほえろ!』という人気番組にレギュラーで出演しています。
視聴率は子供から大人までと幅広く、家族で楽しめる番組です。僕を応援してくれる人も沢山できました。

今の日本で韓国に対して慰安婦問題に端を発した両国のいがみ合いで日本においても韓国に対しての嫌韓の雰囲気がありますが、松田優作さんが生まれ育った時代は今よりもっと韓国に対しての差別が残っていました。

私自身その時代の同時代ではありませんが大体予測はつきます。
なので松田さんが周りに気を遣うのはもっともだと思います。

現在は松田優作という通称名を使っているので、番組の関係者にも知られていませんが、もし、僕が在日韓国人であることがわかったら、みなさんが、失望すると思います。
特に子供たちは夢を裏切られた気持ちになるでしよう。

テレビや映画の制作に関わる共演者や関係者にはかなり気を使っていました。
配役に入り込むのも大変だったと思います。

自分が在日だというだけで、そのことをもし相手に知られたら、愛する人が自分の元を去ってしまう。
優作は自分の出自に関し、そんな恐怖、恐れを抱いていた。

これは初耳ですね。
テレビ関係の方は、事情知っているものと思っていました
知らないという事は大きな秘密をもってテレビに出ていたという事ですから。
もしばれたら一瞬でマスコミから追放されていたでしょう。
本人はいつも恐怖におののいていたと思います。

人間性ではなく、出自が違う。それだけで差別され、虐げられてきた体験が優作にあったということだろう。

幼いころの心の傷が癒えないまま芸能界で人気者になったことでより一層、帰化について考えたのかもしれません。

そして松田優作さんは1973年に帰化しています。

まあ差別というのはそのような物で実力とその人自身とは全く切り離されて判断されるのですから理不尽ですよね。
でも帰化されたときは、本当にほっとされたでしょうね。

これで晴れて日本人になったのですから秘密が無くなったわけですから。
で、松田優作さんはバツイチと言う事ですが、これも知りませんでしたが次は奥さんについて見ていきたいと思います。

1番目の元嫁は?子供は?離婚理由は?

元嫁について

優作さんの最初の結婚は1975年9月。当時同じ劇団で活動していた、作家の松田美智子さんと約4年の同棲を経てゴールインした。

私も今回の記事を書く為に調べていて初めてバツイチと知りました。
こうしてみてみると芸能界番の職場結婚と言った感じでしょうか。
確かにどの分野の仕事でも職場結婚は楽ですね。
お互いの事や仕事の事情もわかりますからね。

松田美智子(まつだみちこ、1949年8月7日-)は、日本の作家。本名は同じで、旧姓は熊本。松田麻妙(まつだまみ)、雨宮早希(あめみやさき)のペンネームでも執筆している。

元々劇団の作品を書いていた人なので、本格的な作家も出来ますね。
今の写真を載せましたが、今の松田優作さんの奥さんとは真反対の純日本的な清楚な美人な感じますね。

また、優作さんと出会った当時は作家ではなく女優さんだったようです。
堀真弓(ほりまゆみ)の芸名で女優として活動し、TBSテレビ『ポーラテレビ小説』第7作『ひまわりの道』(1971年)などに出演していたが、優作との結婚(1975年9月21日)により女優活動を停止した。
芸名の真弓を縮めて、家庭ではマミと呼ばれていた。

女優として活躍していた時期は、私はまだ幼稚園へ行く前なので記憶もなかったですね。
どのような演技をしていたんでしょうか?

子供は?

最初の妻との間には、お子さんがl人います。

1976年12月25日に長女が誕生

現在の長女は?

 

松田美智子さんが、以下のように経緯を述べています。

優作が亡くなつたのは、娘が中学に進学した年でした。

娘は両親が別れることになった経緯を、テレビや週刊誌で知ることになって、複雑な感情を抱いたと思います。

私は娘に父親を嫌いになってほしくなくて、”あなたのことをものすごく愛してくれた””養育費も払ってくれた”などと話しましたが、”そんなことは当たり前でしょう〝とむしろ反発していましたね。

きついですね。
お父さんの優作さんがお亡くなりになったときが中学進学となれば事情を十分理解出来る年でまた、思春期の多感な時期と重なります。
この様な事が無くても反抗期の時期でもあります。

とにかく”松田優作の娘”だっていうことを知られたくないっていう思いがすごく強かったんです。

その後娘は、芸能界とは全く関係ない世界で生きることを選択し、社会人として生きてきました。
すでに結婚し、子供にも恵まれました。そのことは優作の墓前にも報告しています。
きっと優作は祝福してくれていると思います。

伝説的俳優を父に持ち、その父が母親と離婚したわけですから娘さんとしては同じ芸能界には生きたくないという気持ちは十分理解できます。

スポンサードリンク

美智子さんとは1981年12月に離婚しましたが、かなりドロドロの離婚劇があったようです。
そのことは2番目の奥さんでふれたいと思います。
子供さんの親権は美智子さんが獲得しました。
先ほどにも述べたように娘さんが優作さんの行った事について怒りを持っているのでそうなるのは妥当だと思います。

離婚理由は?

離婚理由は、ズバリ2番目の奥さんの略○婚だったようです。
松田優作さんが2番目の奥さんを略○したのではなく2番目の奥さんが優作さんを略○したと言われています。
奥さんあついですね。
あの当時の日本の男女はあつかったですね。
それとも奥さんの性格があつかったのか私には解りませんが、以下その当時の事情について言われていた事を書きます。

当時、松田優作さんには、作家の松田美智子さんが奥さんで、子供が二人いました。
しかし、松田美由紀さんとの共演がキッカケで、不○関係になってしまったそうです。

松田優作さんは子供もいるので、離婚はしたくなかったみたいですが、松田美由紀さんが強引な方法で離婚させたという、噂があります。
しかも松田美由紀さんが18歳の未成年だったので余計に世間を騒がせました。

いやはや参りましたね。
18歳ですか?
奥さんが何故この様な行動に出たかの経緯については2番目の奥さんのところで述べていきます。
まあそれを見れば優作さんも悪いですよと言いたくなります。
それとこの事情娘さんが知ってしまったわけですから許せないと思うのも無理はないと思います。
芸能界では役者一流私生活三流と言われる人たくさんいますから。
次は今の奥さんについて述べていきたいと思います。

現在の嫁?

ではプロフィールを

1983年に女優の熊谷美由紀(くまがいみゆき)さんと再婚

生年月日:1961年10月6日(54歳)
出生地:東京都杉並区
血液型:AB型
職業:女優
活動期間:1979年-1983年、1990年一
配偶者:松田優作(1983年-1989年)

美由紀さんの一目惚れだった?

初めて会った時は、めちやめちゃかっこよかった。

現場でいきなり「落ち着け」と言って、ハグをしてくれた。
優しい包容力にドキっとして、絶対結婚すると思った。

奥さん美人ですね。
でも目が獲物を狙うような鋭い目をしていますね。
優作さんのような男性に現場でハグなんかすれば18歳の女性にすればそりゃ~イチコロでしょう。
まあそのせいで松田美智子さんとどろ沼の離婚劇を繰り広げる事になるんですよ。

2番目の妻、熊谷美由紀さんと結婚したのは、20歳で、その後芸能界と妻としての2足のわらじを履くのは難しいと思ったようで奥さんは家庭ります。
その当時美由紀さんは、自宅まで押しかけて離婚するに説得したという伝説があるそうです。
やり過ぎです。

こんな子とするから略奪婚と言われるんですよ。
次に2番目の妻、熊谷美由紀さんとの間に子供さんについて書いていきます。

長男は?

松田優作さんと、美由紀さんの間には3人のお子きんがいます。
順次書いていきたいと思います。

松田優作の息子(長男 松田龍平)です。
プロフィールは以下の通りです。

生年月日:1983年5月9日(32歳)
出生地:東京都
身長:183㎝
血液型:B型

元々は俳優志望ではなかったようです。
小学生からサッカーを始める。
中学生時代、横河電機のユースクラブに所属。
短期間ではあるがイタリアのセリエAのジユニアチームにキーパーとして参加。
Jリーグ全盛期ということもあり、将来はサッカー選手を目指していた。

自分の才能の限界を感じて俳優を目指しますがすぐに演技力が評価されるようになります。
1999年、映画『御法度』(大島渚監督)でデビュー。

同作により日本アカデミー賞、キネマ旬報、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞をはじめ、その年度の新人賞を総嘗めにした。

サッカーをやっていた事は知りませんでした。
でも途中から俳優に変更し瞬く間に賞を受賞するのですからすごい事です。

中々自分の才能の限界を見抜くのは難しい物です。
やはり才能のある人はこの様なところが優れているのかもしれません。

私としてはやはりNHKドラマ「ハゲタカ」での龍平さんの役がイイと思います。
このドラマ公開された当時かなりインパクトある作品でした。
この辺はやはり父親の才能をきちんと受け継ぐ事が出来ていると思います。

2009年にはモデル・女優の太田莉菜と結婚し2人の子供を授かっています。

生年月日:1988年1月11日
現年齢:28歳
出身他:干葉県四街道市
血液型:B型

では2番目の息子さんです。

次男は?

松田優作の息子次男は松田翔太です。
では簡単なプロフィールからです。

生年月日:1985年9月10日(30歳)
出生地:東京都杉並区
身長:181cm
血液型:A型

お兄さんとはまた違った色気がありますね。
目元がお父さんのソックリです。

松田優作の息子次男は松田翔太ですが近頃では、auのCMでおなじみになってきていますね。

後私としては、NHK大河ドラマ『篤姫』で14代将軍徳川家茂役で活躍についても注目しています。
やはり大河に出る事が出来る俳優は数が少ないですから。

今後の活躍が十分期待できると思います。
これも偉大な父の遺伝子でしょうか。

現在はまだ独身ですが熱愛の報道がたくさんありました。

元モーニング娘の小川麻琴さん

モデルの黒田エイミさん

女優の沢尻エリカさん

女優の忽那汐里さん

きっと父親が見たら「なんじやこりやあ~」と叫ぶんじゃないでしょうか。
こうやって並べてみるとよくもまーこれだけ付き合ったものです。
すごいメンツです。
どちらが言い寄ったのでしょうか。
もし彼女らが先に言い寄ったとしたらこれも優作さんの遺伝子でしょうか。

最近では手をつないでいる写真を撮られたのが女優の忽那汐里さんですね。
破局したとい情報がないので結婚間近なのかもしれません。

長女は?

今回の鳥をつとめていただきましょう。

松田夕姫(Yuki)さんです。
プロフィールです。

名前:松田夕姫(まつだゆうき)
生年月日:1988年
出身地:東京都
長女は女優ではなく歌手として芸能活動しています。


Young JuvenileYouth」のバンドのボーカルを担当。
電子音楽家のJemapur(ジェマパー)との男女デュオのユニットです。
Yukiが作詞を担当。
デビュー前に音楽留学もしています。
高校時代に3年間カナダに留学していたそうです。

長女さんは俳優をされていないんですね。
上の兄弟と比べられるからでしょうか。
でも音楽は両親の影響ではにと思いますが、もし長女さんも音楽で大成できたら演劇と音楽という二大ジャンルを制覇する事が出来るのですね。
是非とも制覇して欲しいものです。
夕姫さんはどことなく目の表情が優作さんに似ているような気がします。
今回は私が好きな松田優作さんだったので少し気合いが入ってしましました。
3人の子供たちが偉大な父親を追い越せるぐらい芸能界で成功してほしいですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

スポンサードリンク

関連記事



Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)