美空ひばりさんの息子の逮捕?・山口組組長・田岡一雄の息子について


今まで、美空ひばりさんの芸能活動及び結婚生活まで見てきました。

しかし前回の記事でも触れたように、実際の結婚生活は、ほぼ無かったようです。

小林旭さんと結婚はしましたが、2年程度で離婚しました。

ちなみにこの期間で子供を授かることはなかったそうです。

なので、美空ひばりさんは、養子をもらうことになったそうです。

しかしその前に、美空さんの家族について見ていきたいと思います。

美空ひばりさんの家族について

美空さんの家族については「美空ひばりさんの歌手誕生から三代目山口組組長・田岡一雄について」の中の最初の項目、幼児期で、家族の構成を述べました。

父・加藤増吉
母・喜美枝
長女:美空ひばり
妹:佐藤勢津子
弟:かとう哲也・香山武彦

で、父親と母親については今まで触れたとおりです。

今回は、弟について触れていきます。

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その前に、またまたですが、以前触れた山口組と弟の関係性をみたいと思います。

家族ぐるみの付き合い

以前「美空ひばりさんの歌手誕生から三代目山口組組長・神戸芸能社」の記事の中の硫酸事件がありました。

それがキッカケとなり美空ひばりと田岡組長の繋がりが深くなったことについて述べました。

では、どのようにして繋がりを深くしていったのでしょうか。

警備

今では、美空ひばりさんクラスの芸能人ならば当然警備会社のボディーガードが24時間体制で、警備をしたことが考えられます。

しかし当時は、警備会社のような物がありませんでした。

又、美空ひばりさんは何度も泥棒に入られたりしたそうです。

有名人ならば仕方がないですね。

そのようなとき、どのような手段が考えられるでしょうか?

その1:警察に依頼する

可能性はあります。

しかし、警察は事件が起こらなければ原則動くことは出来ません。

よって、芸能人の警備に付くのは考えにくいと思われます。

力ある人に頼む

美空ひばりさん親子は、この選択肢を取ったわけです。

では、誰頼んだのでしょうか?

予測は付きますよね。

そうです。

田岡組長です。

そうして、頼んだ翌日から強面の若い衆を数人美空家に送り込まれました。

この様にして、美空ひばりさんの自宅では、常時数名の若い衆が、常駐することとなり泥棒対策や暴漢対策など警備全体をになうことになりました。

田岡組長の長男

こうして、美空家には田岡組長の意を受けた若い警備の者が常駐しているのですが、逆に今度は、田岡組長からも頼みを受けることもあったようです。

田岡組長の長男田岡満さんという方がおられます。

略歴

生年月日:1943年5月26日
出生地:神戸
学歴:六甲中学校から慶應義塾高等学校そして、慶應義塾大学経済学部卒業。
名前の由来:田岡一雄自身が戦前活躍した、右翼の大物、玄洋社の頭山満を尊敬していてそこから満と名を付けたそうです。
1971年、芸能事務所「ジャパン・トレード」設立。

なかなかインテリですね。

お父さんと同じで、芸能関係の仕事を中心に跡を継いだのだと思います。

この満さんとは、神戸時代何度も美空さんとも会っていて、神戸の弟として仲良く遊んだりもした中だそうです。

又満氏も美空さんを姉として仲良くしたそうです。

そんな満さんも高校から神戸から東京へ上京することとなりそうなってくると、美空さんの自宅に下宿することとなったそうです。

こうして益々両家の繋がりは、仕事を超えて家族ぐるみの付き合いとなっていったそうです。

これが良くも悪くも美空家の家族特に弟に影響を与える結果となったそうです。

ひばりさんの弟が!

こうして美空家には常に山口組の若い衆がいることとなり、これが美空さんの弟に影響があったようです。

いつしか、弟が、ヤクザの世界にどっぷりつかっていくことになったようです。

弟さん一時芸能活動をしていたそうです。

加藤益夫さんというのが本名で芸名は、小野透さんと言って芸能活動していたそうです。

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【画像】かとう哲也

しかし世間ではかとう哲也と言う名前で知られていました。

この弟さんお父さんの葬式の時の花輪に、「山口組系益田組の舎弟頭」という肩書きで書かれていたそうです。

これが格好のマスコミネタにされ美空ひばりと山口組の関係の深さと弟はヤクザという印象を強く世間に与えることとなってしまったようです。

美空ひばりさん息子の逮捕?

ネットを見ていると、”美空ひばり・息子・逮捕”と出てくるのですが、結論から言うと息子ではなく、弟のかとう哲也さんが、逮捕されたのが事実のようです。

この弟さんは、美空ひばりさんが、芸能人として活躍するときファンに迷惑をかけるのが如何に、大きなハンデーを背負うかが解っていないようです。

この弟のかとう哲也さん拳銃不法所持で逮捕されたり、ひばり御殿で賭博をしていたりとひばり御殿に家宅捜査が入ったりもしました。

これでは逮捕されるよな。

ちなみにこの時期は1970年代です。

こればかりは、「神戸のおじさん」に相談出来ませんからね。

おそらく美空さんは、子供の頃より超が付く有名人な為に恐らく家族は、一般家庭の人より全能感が強いのかもしれませんね。

一般人なら拳銃所持・自宅で博打なんかやったらすぐ警察逮捕ですよね。

この結論すぐ頭に浮かぶと思います。

しかし、美空家の人々は良くも悪くも有名人で周りの人間もちやほやされているので、何か勘違いする場合も出てきて、美空家の人々は、拳銃所持・自宅で博打なんかやっても逮捕されないんじゃないかなんて考えてしまうのかもしれません。

しかし、このツケは、しっかりひばりさんが支払うことになったようです。

庇う

昔から出来の悪い子供は可愛いと、言われますが、きっと美空ひばりさんにとってこの不肖の弟は、まさにこの出来の悪い子供なんでしょう。

お姉さんである、美空ひばりさんは、弟のかとう哲也と共演したりもしました。

しかし、この様な事件をたびたび起こす美空さんを公演先から中止を言い渡されたりもしたようです。

まあ当然の話ですね。

しかし、姉としては弟を庇ってしまって世間から非難を受けたりもしました。

紅白歌合戦も落選

世間から非難をうけた為に、NHK紅白歌合戦も落選したこともあったそうです。

紅白と言えば、NHKが放送している歌番組で、一番大きな物ですよね。

近年マンネリのために視聴率が落ちていると言われて久しいですが、この当時は今と違ってまだまだ影響力がありました。

その紅白を、1963年から10年連続で紅組トリを務めていたそうです。

紅白の各組のトリを務めるのは、選ばれた人です。
誰でもなれる物ではありません。

それだけの功績があったのですが、紅白歌合戦への出場を辞退する羽目になってしましました。

しかしNHKも美空さんの実力と功績は、やはり無視できないので、大晦日は日本教育テレビ(現:テレビ朝日)の取り計らいで、同局『美空ひばりショー』に出演したそうです。

しかし以後、NHKからオファーが来ても断り続けたそうです。

美空さんなりの意地を通したのでしょう。

しかし1977年に『ビッグ・ショー』で4年ぶりにNHK番組に出演しました。

とりあえず手打ちをしたと言うことでしょう。

しかし紅白に正式な出場歌手として復帰することはなかったそうです。

まとめ

この当時(昭和20年代30年代)興行ビジネスに携わるとどうしてもその地方の有力なヤクザの力を借りるのは致し方ない時代でした。

まだ昔からの慣わしが幅をきかせていた時代でした。
しかしそのツケをひばりさんは、弟がヤクザの影響を受けてヤクザになってしましました。

その為に、世間から非難されることもありました。

しかし、家族を守ることを優先したために事態が悪化しNHKの紅白まで出場出来ない事態になってしまいました。

次回は、美空ひばりさんの養子の加藤和也さんに付いてみていきたいと思います。

では、今回はここまでにしたいと、思います。

今回の前の記事については以下の頁にございますのでどうぞよろしくお願いします。

「美空ひばりさんの歌手誕生から三代目山口組組長・田岡一雄について」

「美空ひばりさんの歌手誕生から三代目山口組組長・神戸芸能社」

「美空ひばりさんの歌手誕生から三代目山口組組長・小林旭について」

続きは以下のページになりますのでどうぞよろしくお願いします。

「」

 

 

では、今回も最後までお読みいただきありがとうございます。

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