山口百恵の息子の長男は歌手でバンド名は?カバーは? 次男・三男・画像は


今回は山口百恵さんを取り上げます。

山口百恵さんアイドルとして活躍後、俳優の三浦友和さんと結婚し、その後二人の息子達を授かっています。

長男は祐太朗といい、歌手として活躍されています。

次男は貴大さんといい、俳優として活躍されています。

後、山口百恵の息子達の画像もご紹介したいと思います。

そんな、山口百恵の息子達の学校はどこでしょうか?

山口百恵の息子の長男の祐太朗ですが、バンド活動をしていたそうで、歌手としてカバー曲についてもご紹介します。

又、俳優をしている、次男の貴大さんの出演しているドラマについてもご紹介します。

そんな、山口百恵の息子ですが、三男がいるという噂があるようですが、又、三浦大知が、山口百恵の息子と言う噂もあるようです。

後、山口百恵の生い立ちについてもご紹介します。

それでは、くわしく見ていきましょう。

山口百恵の子供は何人?名前・誕生日・画像・学校は?

山口百恵さんですが、子供はいるのでしょうか?

調べるといるようです。

山口百恵さんには、子供が、2人いるそうです。

内訳は、男の子が2人だそうです。

 

山口百恵の子供・息子達(長男・次男)の名前は?三男は三浦大知?

子供の名前ですが、以下の通りです。

第一子の名前は、”祐太朗(ゆうたろう)さん”

第二子の名前は、”貴大(たかひろ)さん”と言います。

一時、三浦大知さんは三男なのではないかという噂がありました。

しかし、三浦大知さんは沖縄出身です。苗字が同じ三浦なのでネット上で噂されたようです。

 

山口百恵の子供・息子の誕生日は?

では次に誕生日が気になるところです。

以下にまとめます。

第一子:誕生日は、1984年4月30日

第二子:誕生日は、1985年11月10日

2019年で雄太郎さんは35歳。

貴大さんは34歳ということなります。

 

山口百恵の子供・息子の顔画像は?

雄太朗さん、貴大さんお顔が気になりますよね。

まずは雄太郎さんの画像からどうぞ。

今風のイケメンですね。どこなく女子にモテそうな雰囲気があります。

続いて貴大さんの画像はこちらです。

お兄さんの雄太郎さんとは対照的に、貴大さんは良い意味で古いタイプのお顔立ちで、男前と思いました。

 

山口百恵の子供・息子の学校は?

次に、山口百恵の子供が通う学校について調べている人が多くいます。

そこで調べてみました。

長男の雄太朗さんは以下の通りです。

中学校:成城学園中学校

高校:成城学園高校

大学:成城大学

学生時代の雄太朗さんのエピソードとしてこんな記事がありましたのでご紹介します。

「中学校ではサッカーに熱中するともにバンド活動をはじめています。

高校でもバンド活動をして、運動神経もよく水球部にも所属してキャンプテンを務めていました。

大学時代もバンド活動に勤しむ傍ら、ライフセービングにも所属していました。

引用:芸能人有名人学歴偏差値.com」

高校、大学ともに水のアクティブ活動とバンドの2つを両立させているのはすごいですよね。

私なんか高校は帰宅部やっていましたよ(笑)

 

次男の貴大さんは以下の通りです。

中学校:成城学園中学校

高校:成城学園高校

大学:順天堂大学

学生時代の貴大さんのエピソードの記事がありましたのでご紹介します。

「高校時代は熱心に水泳部に所属して熱心に取り組む反面、後にシンガーソングライターとしてデビューする前川紘毅さんらとバンドも組んでいました。

雄太郎さんはボーカルを務めており、ライブなどではそのイケメンぶりもあって、かなり人気を博したそうです。

大学では、ライフセービングに所属して、ライフセイバーの資格も取得しています。

引用:芸能人有名人学歴偏差値.com」

お兄さんである祐太朗さんと似たような学生時代を過ごされていますね。
良い兄貴を見て育っていったのかもしれません。

 

山口百恵の子供・息子は歌手でカバー曲は?バンドは?次男は俳優で出演ドラマは?

長男の祐太朗さんはバンドマンを経て、歌手として活動しています。
そのことについて書かれた記事がありましたのでご紹介します。

「バンド・”Peaky SALT”にて2008年にメジャーデビューを果たした山口百恵の息子・三浦祐太朗。

”Peaky SALT”は現在活動休止となっていて、山口百恵の息子・三浦祐太朗は現在ソロ名義で活動をされているようです。

昭和の歌姫と呼ばれた山口百恵の息子というだけあって、バンドマンとして活躍する三浦祐太朗の歌声もとても魅力的なようですよ〜!

引用:Pinky」

容姿と歌唱力で女子はメロメロになってしまうかもれませんね。

また、祐太朗さんはカバー曲をリリースしています。

そのことについての記事がありましたのでをご紹介します。

「アーティスト活動10周年の節目として、母のDNAを受け継ぐ自身が、伝説の歌手“山口百恵”の名曲を歌い継ぐことが「使命」と考えていたことがきっかけ。

折しも、テレビ番組で百恵さんの「いい日旅立ち」「秋桜」をカバーしたところ、所属事務所にCD化の問い合わせや要望が1000件以上殺到。

同様に興味を持ったレコード会社数社が争奪戦の末、7月5日にユニバーサルミュージックから発売することが決まった。

収録曲は「いい日旅立ち」「秋桜」「さよならの向う側」「曼珠沙華」「イミテイションゴールド」「夢先案内人」「プレイバック part2」「謝肉祭」の全8曲を予定。

選曲にあたってはカラオケボックスで数ある母の名曲を改めて歌ったうえで、自身がカバーする意味のある楽曲を厳選。

さらに、それらの楽曲を提供した谷村新司、さだまさし、宇崎竜童、阿木燿子らに、直接あいさつに行き、カバーする許可やアドバイスをもらったうえで最終的に選曲した。

引用:ORINON NEWS」

しっかりと山口百恵さんの遺伝子を受け継ぎ、かたちとして世に配信している姿に感動しました。

 では、次に次男の三浦貴大さんについて見ていきます。

その次男の三浦貴大さんは俳優として活動しており、ドラマにも出演しています。

そのことについて書かれた物がありますのでご紹介します。

「大学時代に俳優になることを決めた貴大さんは、2010年、24歳の時に映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞します。

百恵さんも演技には定評がありましたが、やはり父親の三浦友和さんの子供ということで、遺伝子にしっかり演技の才能が刻まれていたのかもしれません。

その後も英語でもドラマで数多くの出演を重ね、最近では2017年のドラマ『リバース』で高い評判を得ています。

引用:芸能人の子供情報」

24歳で賞を受賞しているんですね。演技力の高さが垣間見えます。

また、実は貴大さんは「ファイト。一発!」でお馴染みのリポビタンD」にケイン・コスギさんと一緒に出演されていたようです。

皆さんあのCMをご存知かと思いますが、ケイン・コスギと一緒に出ている若い男性が三浦貴大さんだと私は知らなかったです・・。

また、映画であればあの超有名物語「進撃の巨人」と戦争映画の「永遠の0」にも出連していたようです。俳優でありお父様の三浦友和さんの才能をしっかりと受け継いでこれからも活躍されていくことでしょう。

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山口百恵の生い立ちは?

伝説的なアイドルとして知られる山口百恵さんは、その生い立ちが複雑でした。

引退前の1980年9月に発売された山口百恵さんの自叙伝「蒼い時」にて、その生い立ちが語られています。

山口百恵も母子家庭で育ち、デビュー前は生活保護を受けていて、「母を楽にさせたい」とオーディション番組に応募します。

今の貧乏アイドルの逸話と通じるが、それを自ら明かしたのは引退した80年に出版された自叙伝『蒼い時』でのことだった。

山口百恵さんの両親は籍が入っておらず、母親はいわゆる愛人・妾でした。

父親(医者)は他に本妻なる女性がいて、そちらの方にも子供がいたそうです。

父親はたまに百恵さんの家にきていたといいますが、経済的には貧しく、母親は内職で家計を支えながらも生活保護という生活を送っていました。

そして1973年に芸能界デビュー。

「蒼い時」によると、母が内職で家計を支え、実の父が時折訪ねて来る生活を過ごしていたようです。逆境がスターを目指す原動力だったのだろうか。

山口さん自身は、経済苦から逃れるためにデビューしたという見方を「(歌手に憧れたのは)幼い少女がおとぎ話のヒロインを夢見る、その程度の気持ちだった」(蒼い時)と否定している。

ただ芸能界デビュー後、百恵さんと父親の関係は変化を迎えます。

父親は百恵さんが売れた途端に親権を取ろうとしたり、所属事務所に借金をしたり、勝手に移籍話をしてお金をせしめようとします。

もともと父親に対する反感もあったという百恵さんでしたが、そんな所業に最期は手切れ金を渡し縁を切ったとされます。

そんな複雑な生い立ちや父親との関係が、山口百恵さんにはあったようです。

私も、幼稚園の時その当時複雑なことは解りませんでした。

しかし薄らぼやけて覚えているのは「花の中三トリオ」の他のメンバーと違い複雑で生活がかなり苦しい家庭環境で育ったという話は家族の中で話に出ていたことを思い出します。

他のメンバーは引退し又芸能界に戻ってくるパターンが多いのですが、山口百恵が戻ってこない一つの理由が家庭環境で家族愛が薄い環境に育ったので人一番温かい家庭を持ちたい願望と結婚願望が人一番強かったのだと思います。

世間では山口百恵の人気がありましたが、当の本人は芸能界が嫌いだったようです。

先ほどの自叙伝でも述べているように経済苦から逃れるためで芸能界へのあこがれではなく、家庭が貧しく母親に楽をさせたい思いが強かったのだと思います。

故にそれがある程度達成した後は次の目標である暖かい家族を作り自身は平凡な主婦になると言う夢の実現に邁進したのだと思います。

 

山口百恵さんの引退後の現在は

引退後の画像となります。

子供が産まれたばかりなので1980年代後半の写真です。

少し夏目雅子さんのような印象がありますね。

続いてはこちらです。

こちらも1990年前後の写真です。

何となく山口百恵の印象が残っていますが、完全にお母さんと言った出で立ちです。

 

家族との生活

山口百恵さんは、芸能界引退後も復帰することなく現在に至ります。

その潔い引き際もあわせて、彼女を伝説の歌姫としているのかもしれません。

しかし、ご家族から稀に百恵さんについて語られることがあります。

「理想の有名人夫婦」という括りでは、その筆頭に常にあがる三浦友和・百恵夫妻。

現在も仲は良好で、喧嘩したことすらないと言います。

百恵さんが望んで獲得した家庭ですから全身全霊で守っているのだと思います。

夫婦仲の良好なのもそれが一因でしょう。

旦那の三浦友和さんが一時役がない時期があったようですがそのようなときも山口百恵は夫を支え家族を守ったのだと思います。

いい人を奥さんに出来て友和さんも良かったのではないでしょうか。

 

山口百恵について

今回は山口百恵を取り上げてきました。

山口百恵と言えば私が幼稚園・小学生の頃活躍した伝説のアイドルでした。

その当時花の中三トリオとして活躍していましたがその中で私はどことなく陰のある憂いのある独特の印象を持っていました。

あの時代日本国民1億は彼女によって牛耳られていたと言っても言い過ぎではありません。

今の時代では中々あの感じはわからないものです。

ではいつものように簡単なプロフィールからです。

 

山口百恵のプロフィール

まずは写真をのせます。

アンニュイな雰囲気に心を奪われてしまいますね。

氏名:山口百恵(やまぐちももえ)

本名:三浦 百惠(みうら ももえ)

出身地:生まれが東京都渋谷区恵比寿、育ちが神奈川県

生年月日:1959年1月17日

血液型:A型

最終学歴:日出女子学園高等学校卒業

活動期間:1973年~1980年

当時の所属事務所:ホリプロ

山口百恵さんが出た日出学園というのは今まで芸能人を多く輩出した学園のようです。

関西にいる私にはよくわからないのですが東京にはそのような学校が多いようですね。

以前記事にしたダウンタウンの浜田雅功さんのご子息が通っていた和光学園も芸能人御用達の学校で、今回紹介した日出学園も又そのような学校の一つです。

 

伝説的歌姫。

写真は「プレイバックPart2」を歌っている山口百恵さんです。

オーディション番組「スター誕生!」に出場したことをきっかけに芸能界入り。

森昌子・桜田淳子とともに「花の中三トリオ」と呼ばれました。

歌手としては「秋桜」、「プレイバックPart1」、「いい日旅立ち」など名曲を歌い、女優としても「伊豆の踊り子」、「古都」等に主演しています。

私も「伊豆の踊り子」は映画で見た記憶があります。

「プレイバックPart2」は、昭和漫才の大御所ぼやき漫才の「人生幸朗 生恵幸子」の人生幸朗さんが、プレイバックPart2の歌詞の中のフレーズに対してぼやいていたことを思い出します。

その当時それだけ一人の歌手に多くの人に話題を提供し影響を与えていました。

「いい日旅立ち」はその当時のJRのイメージソングになっていました。

確か谷村新司も歌っていました。

いい曲でした。

 

1980年に結婚、そして引退へ

旦那さんとのツーショットです。幸せそうです。

山口百恵さんは、主演映画の多くで相手役を務めた三浦友和さんと結婚し芸能界から引退しました。

1980年10月5日のコンサート。

「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」と言い、舞台の上にマイクを置くという伝説的パフォーマンスを行いました。

この写真のとおり舞台にマイクを置くという演出が印象的でした。

ただ山口百恵が他のアイドルと違うのは引退と一度言ってその後しばらくして芸能界にカンバックした人ばかりでした。

先に出てきた「花の中三トリオ」の森昌子・桜田淳子も一度引退して再度芸能界に戻ってきています。

他にもピンクレディー・キャンディース・松田聖子etc。

未だ他にもいます。

それに引き替え山口百恵はあれだけ人気を誇っていても戻ってきません。

今回は、山口百恵の子供事情に付いてみてきました。

やはり夫婦は、いつも一緒にいた方が良い結果を生む事が解ったような気がします。

いずれにしても、今後の活躍を見ていきたいと思います。

まとめとして三浦家のこれからの幸せと活躍を期待したい物です。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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